日本100名城『小諸城』の歴史

小諸城址『懐古園』本丸曲輪と天守台の石垣

秀吉のころ城主「仙石秀久」により完成された小諸城

◎平安時代末期〜「平家物語」にも登場する源氏・木曽義仲の武将・小室太郎光兼が館を構えたのが小諸の城の起こりです。
◎戦国時代〜小諸城(別名:酔月城)は、武田信玄の命を受け、山本勘助や馬場信房らが縄張りし築城したと伝わっています。
◎安土桃山時代〜武田氏が滅び、織田信長の将・滝川一益の領地となりましたが、信長が倒れると、北条氏は滝川勢を蹴散らして小諸へ侵攻。しばらく徳川、北条、上杉に真田も加わり争奪が展開、やがて豊臣秀吉の仲裁もあり徳川氏の所領となりました。
 その後、北条軍が真田領を略取したとして紛争を禁じた関白秀吉は、天正18年(1590年)小田原征伐で北条氏を討ち取り、天下統一。徳川家康が関東に転封され、仙石秀久が小諸五万石の大名として小諸城主となります。秀久は、秀吉の許しを得て、本丸に桐紋の金箔押瓦を使った三層の天守閣を備えます。現在では当時築かれた天守台に「野面石積(のづらいしづみ)」の石垣だけが残っています。
 慶長5年(1600年)「関ヶ原の戦い」に中山道を進んだ徳川秀忠の東軍が小諸城に入ります。この時、西軍・真田氏の上田城を攻めた「上田合戦」では、秀忠軍が苦戦の上に敗退、天下分目の合戦だった関ヶ原にも遅参してしまうという逸話で知られています。
◎江戸時代〜小諸藩の初代藩主となった秀久は、現在もその姿を残す大手門や石垣などの城郭整備をはじめ、小諸の城下町や街道の整備をおこないました。仙石氏が上田藩(長野県上田市)に移封されるまでの32年の間に現在の小諸のまちの原形が築かれました。
 その後、城主は徳川・松平氏などに変わり、与板藩(新潟県長岡市)から移封された牧野氏が十代・170年に渡り藩主を勤めました。
◎明治時代〜廃藩置県で役割を終えた小諸城には「懐古神社」を祀り、三の門より城内を「懐古園」と呼ぶようになりました。
◎日本100名城は、平成18年2月13日財団法人日本城郭協会により発表されました。小諸城を含めた100名城には、平成18年4月6日「城の日」に名城認定証が渡され、平成19年6月からは100名城を探訪するスタンプラリーが始まりました。

懐古園小諸城址懐古園は小諸駅西側に広がっています。

園内には、藤村記念館をはじめ小山敬三美術館、徴古館、郷土博物館、動物園、遊園地など数多くの文化施設が点在するほか、二の丸の石垣には若山牧水歌碑が、千曲川を望んでは藤村詩碑が建てられています。
  • 【利用案内】
  • 入園料500円 小中学生200円
  • 藤村記念館、小山敬三美術館、郷土博物館、徴古館、動物園、小諸義塾記念館
  • 散策券300円 小中学生100円
  • 園内散策、動物園
  • 【開園日時】
  • 3月中旬〜11月末まで無休開園
    AM8:30〜PM5:00
  • 【休園日】
  • 12月〜3月中旬まで毎週水曜日
    年末年始(12月29日〜1月3日)
    遊園地休園日(12月1日〜3月中旬)
  • 【交通】
  • 小諸駅より東西自由通路を渡りすぐ
  • 【所在地】
  • 〒384-0804 長野県小諸市丁311
  • 【連絡先】
  • TEL 0267-22-0296 FAX 0267-25-0296
    Email kaikoen@city.komoro.nagano.jp
  • 懐古園ホームページ